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まずはじめにすべてへの謝罪、そして開発の凍結となぜそうなったか、また開発再開の条件

まず始めにお待たせしていた方々へ長らく放置していたことを謝罪させていただきます。この度は私の不徳の致すところ大変ご心配をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。

なぜこのようなことになったのか、そして記事のタイトルのようになぜなったのか、簡単にですがご説明いたします。

まず原因についてまとめると以下のようになります。

  • 自分の実力不足
  • 開発資金の問題
  • すべてを自分が管理していることに起因する時間の不足
  • 近未来の中東とイスラム教、そしてSFまで入った科学というテーマが難しすぎる

大まかにこれらが絡み合って私を苦しめ、そして逃げ出してしまうという結果になりました。それぞれを説明していきます。

まず根本的な問題に私自身があらゆる面で実力不足だったというのがあります。それにより、上の時間不足やテーマの難しさが重く肩にのしかかり、動けなくなってしまいました。

その上で開発資金の問題がありました。私がHPもシナリオもスクリプト(エンジン選定から何から何まで)もムービーも素材の管理も全部やっていたのは一番は資金がないからです。最低でもプログラマーが必要でしたが、資金面となにより時間面で難しいと言わざるをえません。

そしてテーマの難しさがあります。はっきり言ってイスラム教にすべての作家が手を出さないのは死にたくないからという単純で当たり前の理由でしょう。私自身もこれについてずっと考えていましたが、自分が殺されるのはまだしも、他の人たちが危害を被る可能性があるのを無視はできませんでした。また設定上、背景をフリー素材でまかなうことは多大な違和感に目を瞑れば可能ですが、現実的に不可能で、その代金も開発資金の問題に繋がりました。

はっきり言ってタロヲさんにお支払いしている額は、相場に比べれば雀の涙です。しかし、それでも私はそれを支払うために生活を切り詰めていて、ガリガリと精神力が削れていきました。

以上のことから私は今の今まで逃げ出し、そしてこの記事を持って、開発を凍結させていただきます。誠に申し訳ありません。

まずありえないですし、あったとしても近日中は無いと思いますが、上記の問題が解決すれば、私は開発を再開したいと思います。現時点までのメンバーの了承とスケジュールの確保、プログラマーを含む開発メンバーの充足、そして資金問題の解決が前提条件です。


千一夏物語は僕が高校生の時に書いたものが元になっています。私が今に至るまでにドローンは知名度を一気に上げ、現在では私が考えていたドローンによる攻撃は世界各国が法規制するほど現実的な問題となっています。

千一夏物語は言わば、『ぼくのかんがえたさいきょうのいすらむきょうかいしゃく』です。現在科学と言うものはキリスト教との関係が深いことは明らかです。それはビックバン理論の提唱者がカトリックの司祭であることから『科学』を発展させてきた人物で挙がる偉人達の大半がキリスト教徒である事実からもわかることでしょう。しかし、歴史を紐解けば、いわゆる十字軍の頃は明らかに文明の本流はイスラム世界にありました。その始まりはローマ皇帝(ビザンツ皇帝)ユスティニアヌスがアカデメイアを閉鎖して、その学徒達がササン朝ペルシアに保護されたことだと言えるでしょう。この事以外にもユスティニアヌス帝はある意味イスラム教を生んだ皇帝とも言えます。なぜならユスティニアヌス帝を含む商人たちはササン朝ペルシアを通るシルクロードを避けての貿易路を模索しました。その結果アラビア半島の交易路が活発になり、争いが起き、そしてムハンマドの時代に至るのです。

千一夏物語はイスラム教と科学の融合による理想世界でした。この作品で激怒するイスラム教徒がいることは想像に難くありません。ですが、それ以上に面白いとか喜んでくれるイスラム教徒はたくさんいると私は考えました。本当の意味で良い作品は賛否両論にならざるを得ないと思います。誰もが認めたくない側面をも入れるのがそういう作品だから。

千一夏物語で一番揉めるというか毀誉褒貶があるところはイスラム法と新解釈による改法が主題の章だと思います。僕はイスラム教の矛盾に真っ向から殴っていて怒る人は絶対います。でもちゃんと読んでもらえれば同時に現代のキリスト教精神とか日本人的な精神も批判していて最終的に改法によって終わるようにしました。

イスラム教的なテーマとは別に人間的なテーマも盛り込んであります。

それがこの作品の最後のテーマである、『偶然手に入れた圧倒的な世界を変える力は何のために振るわれるべきか』です。

この力は言わばイスラム教・中東地域の外にいる人間の、主人公が手に入れました。(ネタバレだけどそれは厳密には違いますが)
人間というものは案外近くより、一歩引いてるぐらいが一番よく見えたりします。灯台下暗しというやつですね。
手に入れた圧倒的な力はもはや自分の血肉に同化し、そしてそれを振るわせようと欲望は際限なく襲います。
しかし、力というものは振るえば振るうほど陳腐化し、そして当然代償を無慈悲に奪い取ります。
ある意味で僕が今のなろう系のチートものに一番欲しい説明です。
圧倒的な力を手に入れた。力を振るえばすべてが思うがままだ。
でもそれは本当にすべてが思うがままなのか。何のためにこの力は振るわれるべきなのか。誰がなんのために与えたのか。そして何をさせようとしているのだろうか。

これには私自身も主人公も明確な答えを出しません。というか出せません。ですが、結論は出します。それが最後に行われるすべてです。

この結論が皆様を楽しませる日が来ることを誰よりも願っています。

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