サンプルテキスト(一章)

テキストはあくまで参考であり、製品では大きく変わっている可能性があります。

否、神はいない!
友よ<しらせ>を聞け!
私の額は永遠の天蓋に触れ
血にまみれ、傷つき、数多の日を苦しむ!
私は誤っていた。深淵! 深淵! 深淵!
私がいけにえにされる祭壇に神はいない
神はいない! もはやいない! 
Gérard de Nerval「オリーブの園のキリスト」より

人間には、人間と呼ばれるほどのこともなかった時期があったではないか。
われらは人間を試すため、混ぜあわせた一滴でこれを造ってやり、耳と目を付けてやった。
我らは、これに道を示してやった。感謝するものにも、感謝しないものにも。

慈悲ぶかく慈愛あつき神の御名において
発達した科学が魔法と区別がつかないのなら。
やがては“神の示した道”とも区別がつかなくなる。

時代は流転する。
かつて黒死病に侵され暗黒時代を経験した欧州はやがて技術革新、産業革命を経験し、超大国になった。
かつて国を鎖し、封建が蔓延っていた国はやがて技術革新、産業革命を経て、大国への仲間入りをした。
それもこれもすべて“神の御業” “神の示した道”――そう科学のおかげであった。
技術的特異点なき二十一世紀。
それは技術の頭打ち、限界だと思われていた。
しかしそれは違った。我々は忘れていたのだ。“神”は常に同じ所にはいないことを。
やがて、その行き詰まりは打開を見せる。
突然画期的なテクノロジーを開発する科学者達が相次いで誕生したのだ。
しかし、それにはある特徴があった。分かりやすい特徴。研究者達は皆、とある地方にいた。
かつて争いの絶えなかった肥沃な三日月地帯――中東であった。
冬は終わり、時代は旧き土地に芽吹きを與え、そしてやがて夏を迎えるのだ。
冬が長いほど、春の喜び、夏の輝きはましていくのだ。
神はかつてオリエントと呼ばれた土地、約束された場所へと戻っていくのだ。
芽吹くは科学、科学の夏。

私がいるこの街の話をしよう。
大陸と大陸の間に横たわる地中海の東――
『ベルイート』は我々の言葉で言えば中東と包括された場所にある機械工学の街だ。
機械工学と言ったが正確にはほぼロボット工学専門で、多種多様の役に立つ日常生活補助ロボットから対宇宙戦争時代に備えたロボットまで研究、製造されている。 ロボット工学以外は今ひとつなのが他の技術先進小国家と同じで残念なのだが。
街を見回してみよう。
大通りを歩けば大小様々なドローンと呼ばれる飛行物体がせっせと働いている。
目を凝らしてみると少しずつ違うフォルムをしていたりしてなかなか面白い。
人の上を数十のドローンが行き交い、働く姿は我々の夢見た近未来を想像させる。
細い路地に入って行くとどうだろうか。
一旦街の喧騒を離れ、路地へと足を踏み入れる。
大小様々な何かが入っている箱が建物の壁に張り付いている他は全くもって清潔でゴミひとつない。
箱を動かしたりして辺りを観察する。こういう細い路地は我々の感覚であれば常時湿っていて苔でも生えそうなものだがここにない。多少の草と石だけだ。
理由は簡単。ここは元々、一面岩砂しかない沙漠だったからだ。
それが数十年前ドローンによって湖が作られて辺りに人が住めるようになった。
人が住めるようになると同時に大学が土地を求めてここに作られ、そして研究者が集まるようになった。

ここに来てまだ数日だが、私の傍を通って行ったドローンの数は計り知れない。
ドローンはこの土地の労働のほとんどを肩代わりしている。建設現場ではほとんどの組み立てを小さなドローンが集まって行っているし、郵便もドローンが配達する。日常生活の雑務――買い物やら洗濯物の管理まですべてだ。
それはまるで奴隷を働かせているかのように。
「そして人々は余った時間を更なる機械工学の発展に費やす」
「まるでギリシアの市民みたいだ」
「そして今この土地ではルネサンスの如き発展が……」
「ご高説すみませんが」
「はい」
「御時間です」
「はい……」
そういえばベルイート大学までいかなければ。教授に怒られてしまう。
私は両腕の大荷物を握りしめ唇を弱く噛んだ。
そういえば30分以上持っているな、この荷物。両腕がしびれてきた。ちょっとだけ休みたい。
一旦下ろして、隣人に目配せする。
こいつは補佐と難しい話の時の通訳として雇った沙杞。彼女は私の幼馴染の従姉妹で、教授が私の通っていた大学にいた時もよく通訳を務めていたから今回着いてきてもらった。口は少ないが、仕事はちゃんとこなす。学生の中東への”留学”は昨今あまり珍しいことではない。私は彼女の二つ上なので学生ではないが。
「すまん。ひとつ持ってくれ。重いんだ」
「了解」
私の見苦しい注文にも顔色一つ変えず一度頷くと、差し出されたかばんを彼女は両手で持った。
ベルイートの大学はこの道を一つ曲がってそのまま真っすぐ行ったところから見えるクリーム色の建物全部だ。
敷地面積だけで太平洋の小島国家と同じくらいの面積がある。
それだけ敷地を保有できるのはここが元々沙漠であったおかげだ。元々何もない不毛の大地にこの大学がここにわずか3ヶ月で作られて、それから街が形成された。
私はわざわざ作ってもらった地図をかばんから取り出す。
今どきこんな地図を使わなくても電子案内に頼ればいいのだが、無理を言って地図を刷ってもらった。
建物は正門を中心に放射状に建てられている。
私が向かうのはこのII8と表された棟だ。

私が門に近づくと監視のドローンが私の周りを旋回した。旋回しながら光波が出ているのをみるとどうやら簡易な身体検査を行っているらしい。
「大学ニ入リマスカ?」
仕組みはよくわからないが、私が何語を話す人間かまで察知してそれに合わせて話してくるらしい。
「大学の案内を頼む」
「ワカリマシタ、用件ト御名前ヲオネガイシマス」
「留学で来た研究員の種子島義時だ。話は通っているはず」
「照合チュウ・・・・・・・・確カニ承認シマシタ。コレヲ身ニツケテクダサイ」
そう言うとなにやら金属で出来たネーム入りのタグがにゅるっと口から出てくる。
「作リタテハ熱イノデ気ヲ……」
「熱っっつ」
お約束である。
「ドウヤラ遅カッタヨウデスネ」
「ご丁寧にどうも」
私はまだ熱いタグをハンカチに包み、胸ポケットに仕舞いこんだ。
「御ツレ様ハナンノヨウデ」
「通訳であり、学生だ」
「承認ハ?」
「従姉妹を一人連れてくると通告はしたはずだが」
「照合チュウ・・・・・・・・・・・・・確カニ照合シマシタ。コレヲ身ニツケテクダサイ」
タグがもう一枚出てきたのでそれを沙紀に渡す。
「以後ノ後案内ハワタクシ、ハーディ、ガ行ワセテイタダキマウス」
そう言うとハーディと名乗るドローンは地面に矢印を投射し始めた。矢印はその方向に向かって運動を始める。
「ふむ、ありがとう」
私は礼の言葉を口にしたが、返事はなかった。彼の辞書にはそれに応える言葉がないようだ。
私達は投射される矢印に従うまま、II8棟へと入っていった。

我々はリノリウムのような素材でできた床を淡々と歩いて行く。私が本で読んだところによれば、この一見リノリウム に見える素材は非常に硬い上に恐ろしい弾性を持ち、噂によればキロトン単位の爆発にも耐えられるとか。ちなみにヤッファ製である。
ヤッファとは中東の一大軍事都市のことで、私も何度か行ったことがある。
ヤッファは軍事技術に秀で、その武器は各国に輸出されている。私の國でもそうだ。
私は時折タップを踏むようにしてその感触を確かめるが全くその凄さがわからなかった。傍から見たら完全に陽気な人間である。「ココデ御待チクダサイネ」
教授の研究室に着くとハーディに入り口で待つよう指示された。
「沙杞、荷物をおろしていいぞ」
「わかってる」
沙杞はかなりくたびれた様子で荷物をおろした。
「すまんかったな。ドローン借りてこればよかったな」
「別にいいよ。持ってるのは私の荷物なわけだし」
大学までくれば荷物運搬用ドローンぐらい用意してくれると思っていたんだが。
「シバラク御待チクダサイネ」
どうやら貸し出してくれるつもりはないようだ。

待つ。
ひたすら欠伸をこらえて待つ。
なかなか出てこない。
貧乏ゆすりの代わりに足を打ち、頭のなかで雨の中で陽気に踊るスーツ姿のオッサンをイメージする。
タップは続く。今度は留置所の中でタップダンスを華麗に踊る女性をイメージする。

盲目のダンサーになってから15分くらい待った頃だろうか。
私の手が暇を持て余していたので空中に投射したパネルを使って國へと持っていく資料の書き出しを適当に打っていた頃、突然 。
「ユリイカ!!!!!!!!」
との大きな声と共に何やらこちらに走ってくる音がした。
なんだなんだとびっくりし、寝ていた沙杞を揺らす。だが、起きない。
「ユリイカ!!!!!!!!」の声が段々と近くなってくると、流石にうるさかったのか、ビクッとして起き上がり、私に事の詳細を聞いてきた。
「いったい何があったのです?」
「知らん。中から突然声がするだけだ」
さらに数分ほど経つとガラス製の扉を割らんとする勢いで白衣を着た男が出てきた。
「……ムカッディム先生!」
それは紛れも無く私が國の大学で教わっていた研究者であった。紛れもなくとは言うが髪は縮れ、頬はこけ、白いヒゲに至っては胸のあたりまで伸びている。何故ひと目でわかったのか不思議である。白衣の汚れ具合からするとかなり研究に熱中していたようだ。
「種子島くん!」
「はい!」
凄みに押し込められる。
「このバールのようなもの試作品589を持って見給え」
何やら手に持っていたバールを私に手渡す。ずっしりと鉄の感触を手に感じ取るがただのバールだ。
「これが何なのですか」
「これがワシの作った最新作。ポチッとな」
バールの中央にある画面のスイッチをスライドした。
「これで君は最強の学者になった」
「はぁ……」
確かにバールをもっている時点でこの痩せこけた老人よりは強いことは間違いないのだが。
「これはだね、まぁ、簡単に言うと君に迫ってくる武器をだね、全部弾いてくれるんだ」
全部弾く……イメージしたのはギリシア神話のゼウスがアテナに与えた盾から名付けられたというはるか昔のイージスシステムであった。
ともかく教授はそういうと白衣の裏から拳銃を取り出す。複列弾倉とダブルアクションでかつて大人気を博したベレッタ君、推定百歳越えである。そしてそのまま発砲する。
空気が轟く。現代でも銃に撃たれたらただでは済まないのが当たり前である。そして当然発射されれば目の前の人間は死に至る。
だが、突然発砲した弾はその直線上の私には当たらず、バールが正確に外側へと弾いた。
「…………とりあえず僕を実験台に使ったのは不問にするとしてこれは凄いですね」
「だろお? これがあればバールが動ける限り、君は無敵なのだ」
私は感心しっぱなしであった。このただの鉄製バールの何処にそんな精密な機構が施されているのだろう。
私がバールを振ったり、繋ぎ目をいじったりしているとムカッディム教授は何やらドローンに細工しだした。
「何をやっているんですか?」
「いやね、このドローン、攻撃機能が付いているのだよ。君の認証を解いて攻撃してもらおうと思ってね」
「え、ちょっと待っ……」
言うのが早かったかそれとも銃弾が早かったか。ドローンは突然変形して弾丸の連続発射機構を持つセントリーガンへと変形する。即座に機銃が撃たれ、私は思わず飛び退く。
「シンニュウシャ、排除」
手にもっているバールがすごい勢いで銃弾を弾いていく。正直腕が痛い。
「はははははは、種子島くんどうだね、最強の存在になった感想は?」
「なんでもいいから、とにかく止めてください」
その間にも段々とドローンがどこからか集まって、こちらへと正確に射撃を加えてくる。
私の周囲には変形したドローンが二重に並び、カンカンカンカンと小気味の良い鉄の音が辺りに木霊する。
「早く止めてくださいよ、教授」
「ちょっと待ってくれよ、君がさっきもらったタグを貸してくれるか」
私は弾幕を片手のバールで防ぎつつ、さっきもらったタグを教授へと投げた。
「よし、よし、よし。これで大丈夫だろう」
教授がうなりながら数十秒するとやっとのことで銃の射撃が終わった。
「ひええ、本当にやめてくださいよ。まだ死にたくないので」
「すまん、すまん。まあ、いい経験になったじゃろ」
いい経験になったのだろうか?
「バールが勝手にやってくれるだけでなんの経験にもなりませんでしたよ」
私は蒼い顔をしながら教授に弾痕で埋め尽くされたバールを渡そうとしたその時……バールは一直線に壁を突き抜けて、上空へと飛んでいってしまった。
「は?」
飛んでいってしまった。
「教授どういうことですか?」
「うん、おそらく上空を飛ぶ飛行機の類を君に向かってくる危険物だと判断したのだろう。なるほど、勉強になる」
「これ、どうすればいいんですかね?」
「知らん」
教授は頭を振って、部屋の中へと入っていく。
「我々は入っても?」
「よい」
短い返事を聞き取ると荷物を再び持ち上げて教授の部屋へと足を踏み入れた。
沙杞は寝ていたので放っておいた。

案内された部屋の中は積み上げられた書類と用途不明の試作品、大小様々な本の山でごった返している。
教授の私室であろうか。
「柔らかいところを探して座ってくれ」
私は手近なところにあった書類の山に腰掛けた。
「それで……なんのために来たのじゃったかな?」
几の上で手を組み、こちらの心理を見通すように見つめてくる。
「留学です。教授」
「ふむ……ここにか……ヤッファの方が君のしたいことが出来るのではないか? 何より……開かれているし」
「いえ、ここでいいのです、教授。いや、ここでしか出来ない」
「何がしたいのかは知らんが、ヤッファは悪いところではないだろう」
「ええ、ヤッファもいいところですよ。行こうとは思っています」
「……君はここで何も学べない。断言できる」
「情報が統制されているから……ですか」
「現代技術は一人の人間の奇跡だ。学び取るものじゃない」
教授は腕を組んだ。
「少なくとも他念がない分、研究に専念できるでしょう」
「そうか……あい分かった」
教授はため息を吐くと、私から眼を離した。興味がもう無くなったようだ。
「住む場所は?」
「大学近くの寮を借りました。というかそこに充てがわれました」
「今日は帰ってすぐ寝るといい。夜には起きろ」
「夜に何か?」
「星がよく見える。お前の國よりはな」
「ええ、分かりました」
短い会話が終わった。私は教授の部屋を後にする。
「慈悲深く慈愛あつき神の御名において、加護あらんことを」
教授は出て行く時ぽつりと一言そう言った。

「沙杞、起きろ。寮にいくぞー」
「ん……んん~わかったー」
立ち上がると付いた砂を振り落として、私の後ろに付いてくる。
大学を歩く。
「教授には釘を刺されたよ。ここでは何も学べないってね」
「さいですか。まあ、そうでしょうね」
大学は広い。だが、我々の立ち入れる領分は先程の棟と講堂、与えられる予定の研究室のみ。それ以外は機密だ。
懐から地図を取り出して確認する。我々が今立っている場所は地図のやや右下。大学南中央門を入って5分ほど歩いた場所。大学は中央の広場を中心に同心円状に拡がっており、我々はその下部を目に掠めただけにすぎない。
もっと内部に入り込んで情報を得なければここに来た意味が無い。
「なんで義時はここを選んだの?」
「機械工学と研究している技術の相性がいいと思ったから」
「そうかなあ……スクリーン投射システム【SPS】の技術でしょ」
門をくぐり、街に出る。
街は先程よりも人を増やして蠢いている。
私は人混みを避けながら、地図に赤い丸が付けられた場所へと向かう。
寮は建物が複数棟あるものだった。男女は別なのでここで別れなければならない。
「じゃあねー」

予め取られておいた指紋で認証し、パスを入力して中に入る。
外側はいかにも中東の家屋と言った感じの石造りの見た目だが、中身は割りと普通の西洋式住宅だな。生活に必要なものは全部揃っているし慣れるまで時間も掛からないだろう。
私はベッドに横たわった。このまま寝てしまいたい。

コールマークが表示されたので確認する。どうやら相手は沙杞のようだ。
「ご飯はないの?」
沙紀が無粋にも邪魔をしてくる。
「玄関に果物が置いてあったからそれでも食べれば?」
「あれ、食べても大丈夫なの?」
「食べてから判断すればよろしい」
「うん、わかった」
ガタガタと玄関に向かう沙紀、一分ほどで戻ってくる。
「割りと美味しい」
「それマルチパンじゃないか?」
「甘くて美味しいよ。義時も食べれば?」
「そうか」
一応興味はあったので玄関まで移動して食べてみる。葡萄の形をしているが味は全く葡萄とは関係なく、ただひたすら砂糖の味とアーモンドの香りが拡がるだけだ。
「食えたもんじゃないな。もうこれ食べないけど、どうする?」
「私が食べるから明日頂戴」
間接キスとか野暮なことはこの娘は気にしない。男女の隔たりを感じないので、自分も沙紀も同性の仲の良い友達のような感覚で接している。
彼女のいいところかもしれない。
「んんん………………」
先ほどまで美味しそうにマルチパンを頬張っていた彼女だが突然黙りこくる。おそらく口の中の水分を全部吸われた挙句、喉につまらしたのだろう
「んん! んん!」
水、水! とこちらに涙目で訴えてくるが 流石にどうしようもない。
私は立ち上がって空を見る。日も暮れてきて空には一番星がひとりぼっちで光っていた。

慈悲深く慈愛あつき神の御名において
もう一度説明しておこう。私がいるのは
『ベルイート』
中東の街である。
つまりだ。この土地に住んでいる人間は大体がイスラム教徒である。
しかし、宗教でさえも歴史の流れからは取り残されることは出来ない。
かつて、ユダヤ教が勃興し、正教徒が流れ込み、やがてムスリムとなっていったように。
この土地は確かにイスラム教徒ばかりではある。
ただその実態はほぼ無神論者に近い。
中東で特異点的に科学力が爆発した結果、イスラム教も変容した。世俗主義はさらに世俗主義へ。先進的技術を追い求めるようになったのだ。
その代表がジンナーという男であった。
彼はイスラムにニヒリズムと民主主義を導入した。それはテクノクラートが実権を握っていったイスラムの国々にとって悪い話ではなかった。
神はいない! もはやいない! 神は死んだ。神は死んだままだ。そして我々が神を殺したのだ。
彼の思想は激烈な抵抗にあったけれどもやがて受け入れられた。ごくごく一部を除いて。

「今こそ旧き良き時代を! 統一されたアラブ人による帝国を!」
「原理主義を! いまこそ聖典に立ち返りましょう!」
街の喧騒に紛れて少女が声高に叫ぶ。
彼女の周りにはたくさんの文字が浮かんでいる。彼女はSPS……空中スクリーン投影技術を利用して、一種のデモを行っているのだ。
見たことのない技術だな……
空中にスクリーンを投影して本を読んだり、物を書いたりするのは今の時代当たり前だ。
だが、それは企業が販売している装置の機能をそのまま使っているだけにすぎない。
自分の周りにデモ用のパネルを構築してそれを動かしているのか……どうやっているのだろう。
私は興味をもった。だが、彼女の思想に理解を示したからではない。
色々とそのプログラミングの仕方を聞いてみたいなとは思うのだが、彼女はそれをやりに来ているわけではないのだろうし……一歩が踏み出せない。
しばらく腕を組んでう~ん、う~んと考えていると沙紀が袖を引っ張った。
「もう行くよ。時間は少ない」
「あ、ああ、教授に呼ばれているのだったな」
「そう。早く行かないと教授がどこかに行ってしまう」
「あの人移り気だからなぁ……」
「もしかしてあの女の子が気に入ったの?」
「はぁ……」
ため息を一つ着くと私は広場から踵を返して、大学へと向かい始める。
「今こそ旧き良き時代を! 統一されたアラブ人による帝国を!」
けっ、何が旧き良き時代だ。国際市場に簡易にアクセスできるようになった現代では広大な領土を保つ必要はないではないか!
どうでもいい理論だ。でも彼女の思想を否定するには十分。
私は悪態をつきながら唾で喉を潤し、彼女の理論を戒めた。

大学に向かう道には案内のSPSがいくつもある。
SPSというのはスクリーン投射システムの略で主に看板や携帯端末などに利用される。
さきほどの少女のデモもそれの一種である。
私が研究している分野であり、日本でも一般的な企業や研究機関が日夜その技術を磨いている。
「そういや義時はSPSの研究してるんだっけ?」
沙紀がいつもどおりの低いテンションで呟いた。
「うん? そうだけど」
ちょっと今更感があるし、そんなことも知らずに付いてきたのかというのもある。
「いや、ね、あれの仕組みってどうなってるんだっけ?」
「高校の授業でやらなかったのか?」
「やった気もするし、やらなかった気もする」
まあ、簡単に説明してやらんこともないけど。
「えーっとだな、まず空間電力というものがある」
空間電力というのはその名の通り、空間に人為的に流された電気のことだ。放電とは違い、空間に蓄積することができる。
「空間電力というのは発電所から空気中に供給されて、街の隅々まで行き渡る」
「うん」
「そのままだと何も起こらない空間電力だが、例えば私が付けてる指輪型の端末だったり、地中に埋め込まれた端末から信号が出るとその場で光に変換される」
「ふーん」
理解して聞いてるのか? こやつめハハハ。
「光に変換された空間電力は端末によって異なる性質を持ち、いろいろな用途で使用される」
「うん、思い出してきた。なんとなくだけどね。例えば、空間電力を全部使い切ってしまったーってことはないの?」
おお、良い質問だな。
「基本的にない。そもそも光への変換効率がいいから重複して同じところに展開し続けるようなことがなければ大丈夫だ」
逆に言えば、それができるなら空間電力を使い切ることもできる。
「まあ、市販の端末には同時展開数とかに限界があるし、気にすることはないはずだ」
「義時の端末はどうなの?」
「秘密」
機会があればみせてやりたいが、街中では無理だ。それに……。
「そんな大したことないしな」

「やぁやぁやぁ、諸君。よく来てくれた。今日は素敵なお誕生日会……ではなく、またまた素晴らしい発明品を作ったので君たちに見せるぞい」
前見た時でさえ白衣がボロボロだったのに、今は所々穴が開いて、もはや倫理性が、失われつつある教授はそういった。
「また何かとんでもないものを作ったんですか?」
「はい、服だけ溶かす水鉄砲」
「とんでもないものじゃないですか!」
「ロマンがある……」
教授は蛇口を捻って水鉄砲に水を入れると自分の白衣に銃口を当て、そのまま引き金をほんの少しだけ引いた。
「溶けましたね……」
丸い銃口からでたほんの数滴ほどの水は白衣を溶かして教授の肌の上で転がっている。肌の上の水滴は何の変哲もないただの水である。
「何に使えるんですか、これ」
「これがだね、服と認識されたモノであれば何でも溶かすことが出来るのだよ」
ムカッディム教授は棚から鉄製の鎧を取り出す。
「これを撃ってみようか」
銃口を鉄の鎧に押し付けてまた引き金に指をかけた。
水が出て鎧を濡らす。
???
何も起こっていない?
「ホラ見給え、水滴が鉄を伝っていく様子を」
鉄を伝う水滴。それだけであれば特に問題はない。問題はその伝った後だ。
「綺麗に線が入っている……」
水滴が伝ってから数秒すると不思議なことに鉄が段々透明になって消えていく。
「凄いですね。ちなみにこれは何に使えるんです?」
「女の子に掛けるぐらいしか使い道がない」
首を傾げる。
「……軍事目的で使えそうですけど」
「これ以上大型には出来なかった。それに現代兵器の方がもっと便利だ」
擲弾一発当てれば済む話だからな。鎧なんて確かに関係ない。
「この銃を持って行きたまえ。何かに役立つかもしれん。あと……」
教授が書類の山をどかして何かを取り出そうと探し始める。
「これも護身用にあげよう」
バールをもらった。相変わらずただの鉄のバールである。スイッチがある以外。
「これってどこに機構が入ってるんですか?」
「企業秘密だ」

寮に戻ると早速バールを解体しようとしたが謎の圧力に負けて解体できなかった。残念。

SPSは現代技術の粋を集めたものであり、要である。
なにより凄いところは投射されたものの実体化が可能なところだ。もちろん機構はいるが、キーボードなどで実用化されている。
これを上手いこと機械工学と合わせられないか。
それが私の今の課題だった。
SPSの実体化のことを考えていたら、ちょっと昔のことを思い出した。
あれは何年前のことだったか。
ちょっと昔話をしよう。
あるところに沙杞という女の子がいた。
沙杞は比較的真面目で良識があり、ちょっと性格が悪いところもあるが特に天罰を受けるような女の子ではなかった。
そう……天罰を受けるような女の子じゃなかったんだ。
我が國、日本では現役で自動運転システムの車が走っている。
中東では一都市だけで完結するようになっているので車はめったに見ないが。
話を戻そう。
沙杞は自動運転システムの例外を引き、暴走するタクシーにたまたま乗ってしまうという天罰を受けた。
暴走するタクシーは街を縦横無尽に駆け回り、衝突して止まった。
幸いなのは沙杞が少し怪我した程度で済んだことか。
「え、沙杞が自動運転システムの事故に?」
沙杞の母親からの電話でそのことを知った。
「そうなのよ。だから沙杞が怯えちゃってて、義時君助けてくれる?」
「わかり……ました……」
私は大学生でちょうどムカッディム教授に教わっている頃だった。
私は急いで沙杞の入院先に行く。
病院になんとかたどり着き、沙杞の居場所を聞いて、ドアを開ける。
「入るぞ」
「…………どうぞ」
私は頭が真っ白で沙杞が話すことを聞くことしかできなかった。沙杞は無理をして笑った。
「義時……私、ちょっといろいろあって精神的につらいの」
「ああ、わかってる」
「ごめんね、私のせいで」
沙杞は泣き出したが私は何もできなかった。
無力だった。
自分が側にいてやればなんとかできたかもしれない。
そんなIFばっかりが頭にあった。
無力だった。
そんな時だった。
教授のあの発明品を見たのは。
「種子島君!」
「はい、なんでしょう?」
「スクリーン投射システムというのは知っているかね?」
「もちろん、知ってますよ」
「SPSで簡単な防御機構を作ったのだ。試すぞい」
SPSというのは立体化できる。
しかし触ることはできても、掴むことはできない。分散してしまうからだ。
だが、教授の発明品は違った。
「!!!!!!!!!」
教授の発明品はSPSに完璧な強度があった。しかし、動けなくなるという仕様だった。
「例えば自己防衛用に使うのなら、このSPSは即座に起動できるし、有用かもしれんな」
「…………」
「種子島君、泣いているのか。どうした?」
無力だった。
でもこの人は違った。
私の想像のはるか先をいくこの人は私に希望をくれた。
だから私はSPSの研究をはじめた。
沙杞を……大事な人を守るために。
「義時? 行くよ?」
「ああ、わかってる」
あのときから、ムカッディム教授は恩師であり、私の中のヒーローなのだ。

数日後の日暮れ。
留学の手続きが少しあったので沙紀を先に返した私は一人だった。  
私は一人で寂しさを感じながら帰る途中、何となく街の広場を通った。
「いないか……」
流石に今日の、しかもこの時間までデモの真似事を続けてはいなかったか。しょうがないな。
この時間でも街にはドローンが溢れ、それがよくわからん業務を行っている。
ドローンは基本的に動いている。彼らには与えられたタスクがあり、それを消化している。むしろ動かないと監視でもしていない限り故障しているのである。
なればこそ、私が振り返った時に見たそれは“異常”なのであろう。広場にいる私を監視しているように隅っこで動かないドローン。
私は広場に対して一旦背を向けた。

先程もらったバールを取り出す。鉄製のその表面は何のメッキが張られているのか知らないが、とにかく今、後ろを振り向かずに後ろを“見る”には都合が良かった。
バールを少しずつ調節して後ろの物体を捉える。
太陽光が反射されて眩しいなぁ……
適宜調節して、なんとかバールの枠にドローンをとらえた。
一歩踏み出す。
一歩分そいつは前に進む。
ニ歩踏み出す。
ニ歩分そいつは前に進む。

私は大地を強く蹴る。するとその物体も慌てて私について来ようとする。
一瞬の間隙を突いて、私は後ろを振り向く。
黒いドローンだ。特に特殊な機構は見受けられない。
ただのドローンか? もしかしたらこの土地の恥ずかしがり屋なお嬢さんが私を監視するためにこんな事をしているのかもしれない。
私の頭はまだ脳天気にくだらないことを考えていたが、私の目はしっかりドローンが真っ二つに割れて、黒い銃口が出てくるのをとらえた。
大学の警備ドローンと同じ機構か。
咄嗟に判断して、私は一番近い路地に駆け込んだ。
私が路地に入った刹那、二発の兇弾が袖を撃ちぬく。
空気を切り裂く音が細い路地に凶悪な銃声の反響が木霊する。足元には落ちた薬莢が石にでも当たったのかこちらに転がってきて地面を段々と埋め尽くしていく。
急いで逃げなければ――
細い路地を反対に抜けるとそこはまた街の通りだ――当然人がいる。
えーっと、確か向こうなら人が少ないはずなんだが。
私が考えながら早足で歩いているとすぐに背後に迫る。
機関銃の小気味のいい音が鳴る。
万事休すか。

キンッ
敵の弾は手に持っていた鉄の塊によって弾かれる。バールだ。
どうやらいつの間にかスイッチが入っていたようだな。
キンッ、キッキッ、キンッ
鈍い金属音が鳴り響く。
私に向かってくる弾はすべてバールが弾いている。
何か……何か倒すものはないか。
もっているのは地図とペットボトルの水と先ほどもらった服を溶かす水鉄砲だけ。
水鉄砲使ってみるか。機関部に入れば、止められるかもしれない。
片手のバールで銃弾を防ぎながらペットボトルのキャップを口で開け、水鉄砲に流し込む。
よし、準備は出来た。
何処を狙うか。とりあえず銃とドローンの繋ぎ目を狙ってみるか。
一発引き金を引く。

全く届いてないな。
バールで弾を防ぎながら、数歩前進。
とりあえず当たらなければどうしようもない。
引き金をもう一回。
命中。動きは止まらない。
しょうがないので私はバールを背後の敵に向けながら、走りだす。
ドローンは空中を旋回している分、小回りがきかない。縦横に小路が多いこの街ではその弱点を利用すれば十分逃げられるはずだ。

私は小路を抜け、通りを2軒ほど進み、また新たな小路に入る。
どうやらこちらの予想通り小回りがきかないようだ。
はぁはぁはぁ………
息が切れる。
緊急事態で身体が固まっている。それを無理やり動かしているからすぐに疲れるのだ。
あと少しだけ走ったら休もう。
路を抜け、人通りのほとんどない通りに出る。
ここは右に行こう。先程から左ばかりだったからな。
右に3軒進み、私は小路に入る。
ハァハァハァ……
息を整えながら周りを見渡す。
辺りにはドローンの姿はない。
とりあえず振り切ったか?
私は膝に手をつき、口から息を吐き出す。はぁはぁと疲れとともに息を吹き出して心臓の鼓動がゆっくりになるのを待つ。
心臓の鼓動がどくどくと鳴り、血液を全身に送り出す。
身体の疲労はピークに達していた。

はぁはぁ、はぁはぁ
私が家の壁に背をついて休んでいると私の目の前に影が映った。
上!
空気を切り裂く機関銃。薬莢が屋根に落ちて。私の頭へと落ちてくる。
どうやらこのドローンは家々の上を真っ直ぐ飛んできたようだ。
「まあ、考えてみれば当然か」

私よりもドローンの方が賢かったか。
バールで攻撃を防ぎながら、後退していく。
このドローンは後何発撃てるのだろう。
後数発ならこちらの勝ちなのだが…………こっちのバールが削れてしまって今にも折れそうだ。
おそらく折れたらこいつは使えなくなる。
機構も何もわからないが何となくそんな気がした。

バールを振りかざしながら、水鉄砲で機関部に入ることを祈りつつ撃つ。
まるで児戯だ。だが、こっちは本気である。
ドローンは水鉄砲でびしょびしょにはなっているものの動きは止まらない。
機関銃はジャムることもなく正常に発射を繰り返している。
どうする………一か八か、バールを投げてみるか。それとも………
水鉄砲の水が切れた。使い用がないので、一回投げつけてみる。
ドローンはこちらの思惑通りとは行かず、機関銃を打ちながら投げつけられた水鉄砲を器用に避ける。
「チッ」
駄目だな。これじゃあ、バールを投げても同じじゃないか。
いっその事、バールで直接殴ってやればいいんじゃないかという考えが過る。ただドローンはこちらの手の届く範囲ではない空中である。
時間がない。こちらのバールはもう事切れそうだ。
私は家の壁に足を掛け、なんとか屋根に上る。
くっそ、こうなったら一か八か、ぶつかっていってやる。

機関銃が弾帯を装填し直す瞬間がチャンスだ。その瞬間を狙おう。
バールで防ぎつつ、私はその時を待つ。目を凝らして。
弾があと、10発ほど残っていた時、バールが左に折れ曲がった。
私は折れたバールの根本を持ちながら咄嗟に左に走る。私のあとを追うように弾が付いてくる。
あひゃあひゃ……ひえ……
恐怖で変な声が出る。あと少し、あと少しだけ耐えろ。あと、4発、バンッ、3発、バンバンッ、1発、バ
「そこだああああああ、ぼけええええええええいいい」
私はドローンに向かって二歩助走をつけるとそのまま走り高飛びの要領で飛び出す。
「おらああああああああああああああああ」
バールを空中で構える。ドローンを目に捉えながら。
数秒間の浮遊。そして重力に引っ張られるように路に落ちていきながら、バールの根本をドローンに振り下ろす。
瞬間、ドローンは私から離れようと回避行動を始める。
させるかと私は手を伸ばすが、微妙に本体には届かない。
私は左手に持ったバールでプロペラを一個破壊する。機械は干からびた慟哭を上げる。
まだだっ。飛びかかった勢いを利用して固く握った右拳でもう一個プロペラを毀す。
くっそ、本体に傷をつけられなかった。
私は地面に受け身と取らずぶつかっていき、段々と意識を失っていく。
「万事休した」
そう言った瞬間、視界の隅に影が見えた。

「まだです。EMPを喰らえ!」
私は地面にぶつかりゆく時、あの朝の少女が何かをドローンに向かって撃つ動きをしているのを見た。
EMPか。電磁パルス攻撃。ドローンが半導体でできている限り、効果的に働くだろう。
だが、なぜそんなことが出来る。こいつもしかして軍人だったりするのか。だから帝国主義者?
地面とのクッションとなった右腕が悲鳴をあげる中、私は意識を完全に喪失した。

「大丈夫ですか。そこの御仁」
俺が目を覚ますとすぐにやって来たのは右手の痛みだった。
「痛ぇ」
「起きましたか。右腕の具合は大丈夫でしょうか?頭も少し打ったみたいですし……ええっとドローン! 包帯! モルヒネ!」
「モルヒネ……やめておくよ」
「あ、普通に通じるんですね。そうですか」
そう言って何かの錠剤が入った瓶をしまう。モルヒネと言われたので断ったがただの痛み止めのことを俺に分かりやすく説明したのかもしれない。
「包帯はないか?」
「今もってきてもらいました。はいどうぞ」
やや言い方が無骨だが、しょうがない。こっちは痛くて痛くてしょうがないんだ。どうやら変な方向に曲がっているっぽいな。
俺は習った通りに包帯を巻く。ちゃんとした医者ほど丁寧には出来ないが、とりあえず応急処置にはなるであろう処置は施す。自分で。
口と左手だけで巻こうとするのでなかなかうまく行かない。
「私が手伝いましょうか?」
「いや、自分でやる」
そういうと彼女はその場で傍観するように立ちすくんだ。おそらく自分が信頼されていないと感じたのだろう。あながち間違ってもいないが。
「できた」
「医者を呼びましょうか?」
「いらない。自分で行く」
「ええっと……私は何をすれば?」
「何もしなくていい。これは私の問題だ。人を巻き込みたくない」
そこで彼女は、ハッとして口を動かすのを辞めた。おそらく彼女の脳内ではキザったらしい変な外国人だなとそう理解されているだろう。
「一応もう関係者ですよ。EMP……つまり電磁パルスでドローンを破壊しましたから」
「なるほど。一理ある」
頭のなかでどうせだったらこいつも巻き込んでしまおうかと思案する。三人寄れば文殊の知恵………衆力功あり………船頭多くして船山登る。
んーやっぱり巻き込まないほうがいいかな。
「これ大学のドローンですよね。もしかして不法侵入でもしたんですか」
やはり大学のドローンだったか。通りで見た目が似ているんだな。
「私はちゃんとした大学の関係者だ。ほら、タグ」
タグを見せる。この前ドローンからぺろんと出てきたアレである。
「私の叔父はウラマーとして大学で勉強していました。今はマスジドを管理していますが。私も大学に通って勉強しています。」
「へえ、EMPなんてトンデモ兵器はそこで習ったのか?」
少し踏み込み過ぎた気がするが、話をそっちに持っていく。
「トンデモ……いえ、独学です。第一叔父は法学者であって、科学者ではありませんでした」
「独学……はぁ……」
なんだか納得行かないな。一人でEMPなんて兵器を出せるものなのだろうか。
「そうか。踏み込んだこと聞いて済まなかった。帰らせてもらう」
「そうですか……医者は本当に呼ばなくて大丈夫でしょうか?」
「問題ない。用事もあるしな。学者は忙しいんだ」
「はぁ……」
私は彼女に背を向けて歩き出す。彼女はその場で不思議そうに首を傾げていたが、すぐに動き出す。
私が3歩進んだ時、一度振り返った。
「名前を聞いていなかった! 私は種子島義時だ! そっちの名前は!」
彼女に聞こえるように声を張る。
「私はサハルです! 学者の御仁!」
そうか。サハルか。夜明け。もう火蓋が切られた戦いの始まりに相応しいじゃないか。
「そうか……教えてくれてありがとう」
違う。これはあくまで話をつなげるための言葉だ。聞きたかった言葉ではない。
「一ついいか!」
そうだ。私が聞きたかったのは今から言う言葉なんだ。唾を飲む。それは広場で声を出せなかった私と対照的で、そして何より私は今、ユリイカの快楽に浸って笑っていた。
「お前に学者の知り合いは叔父以外にいないか?」

私はすぐに大学に向かう。とある人物に会うためだ。
「種子島君。その怪我はどうしたのかね?」
「教授、知ってるんですよ」
「ふん、なにをだ」
「全部です。ユリイカ! って私も叫びたいぐらいです」
「ふむ。ならば君の満足行くまで話すといい」
教授は書類をどけてこちらを見、そして椅子に座った。
「サハルという少女をご存じですね」
「いや、知らん」
「私は“たまたま”攻撃する敵に遭い、それで怪我をし、そしてたまたま偶然通りかかった少女にEMPというトンデモ兵器で助けられました」
「ほう、ドローンにやられたのか」
「………………続けましょう。敵、例えば窃盗にでも来る輩がいるのはまだ解りますが、EMPを持った少女と行き交うのはなかなか珍しいと思いませんか」 「まぁ、確かに電磁パルスなんか発する人間がそこら中にいたら現代社会の情報網は壊れてしまうが」
「そうでしょう……ですから私は考えました。わざわざ私をあの少女のところまで案内したのではないか」
「ふむ」
「丁度私は銃撃を防ぐバールを持っていましたから、後は私がそこまで行くのをサポートすればいい。もしかするとドローンは最初から数体から十数体程度用意されていたのではないですか? 私が“道に迷わないように”」
「続けろ」
「私はかねてから疑問に思っていました。このベルイートの街はロボット工学、ドローンの街です。ならば研究者は当然例外があるとしてもロボット工学の研究者ばかりだと思いませんか? それなのに教授を含め、ロボット工学を教える人間がいませんでした。もしかしたら専門的な話だったらアラブの言葉がわからないであろう僕をごまかせると思っていたのでしょうか」
「ほう……続け給え」
「教授がロボット工学の研究者ではないことは今言いましたが、それは当たり前です。教授はこの街の出身者ではないのですから。大方ヤッファでしょう。あそこは軍事技術者の街だ。あなたはそこの出身だ。だからあなたは不思議なバール、水鉄砲を作れた。何度かヤッファの軍事用品には触れたことがあります。その時でしょうかね。たまたまバールと同じ機構に触れたのは。だからかバールが折れたら使えなくなることが何となく分かりました」
「ふむ」
「最後に教授、あなたは簡単な言葉遊びに引っかかりました。何故僕が攻撃されたのはドローンだって特定したんですか? あなたは知らないはずです。もしも無関係なのだとしたら」
「ふふふふふ、ハハハハハ!」
「な、何がおかしいんです?」
教授は立ち上がって三度拍手をした。
「ドローンの件はこの街の特性上特におかしくもないのだが、揺らすのには十分だった。そこを高評価化して50点だな」
「50点ですか。低いですね」
「なにより私がそうなるように誘導したことが明言されていない」
「言葉の節々から伝わったと思いますがそれでは駄目ですか」
「そうした理由がなければもちろん点数は与えられんな」
?????
「流石にそこを察するのは無理があるでしょう。短い時間で解いたんですから」 「ふむ、直ぐ来たことは評価しよう」
もう一度三度拍手をする。そして教授はまた椅子に腰掛けた。
「何から話せばいいかね。ええっとそうだな。あのサハルというのか? 少女だが、予てから技術者として有能だと思っていてね、もちろん思想面はアレだが……君はデモを見たかね?」
「はい、一回だけ」
「あれは一見くだらない催しだが、実はハイテクノロジーな催しなのだよ」 「私も初めてみた時に思わず一声かけようとしましたよ」
「ああ、そこまでわかっているのか。面白い人物なんだ。だからEMPを教えた。そしてたまたま役立ちそうだったので君をドローンで追いかけさせたと」
腕を組んで足を踏み鳴らしながら教授の話を聞く。いい加減ネタばらししてほしい。
「結局何故僕を試すようなことをしたのですか?」
「試すか。そうだな。人には隠さねばならぬ秘密がある、そう思わんかね?」 秘密……技術者を隠していることか?
「ええ、それはあるでしょう。国家の利益のために」
「技術者は確かに隠蔽されているがそれだけではない。君、この街の政治は?」 「は?」
そんなもの知らない。機械工学のことと治安が悪くないことぐらいしか知ってはいない。
「外交は? 経済は? 水は何処からくる?」
「ちょ、ちょっと待ってください。それは秘密?」
「ああ、君。ねぇ、君。気にならなかっただろう? そんなことどうでもいいだろう。暮らすのには問題ない。じゃあ、君。もしこの街をダマスクスの街が軍事的に狙っているとしたらどうかね? 来たかね?」
「おそらく来なかったでしょうね。自分だけならまだしも沙紀がいますから」 「そうだろう。ダマスクスが狙っているのは事実だ。それは外交上の、いや地政学上の話だが」
私は腕を解いて、紙の束の上に座った。
「そういう我々が知らない事情がこの街には存在すると」
「慈悲深く慈愛あつき神の御名において、その通りである」
私は苦笑いして教授を見つめた。
「それはここでは言えないようなことなんですね」
「つまりはそういうことだ。……お連れさんは中に入れなくていいのかね」 「沙紀は聞き耳を立てていますから。そういうのが得意なんです」
「そうかね。ではこれで話は以上」
「ちょっとまって下さい!」
最後に教授に言っておきたい事があった。
「すみません。医者を、医者を呼んでください! 腕が痛い、痛いんです!」
先ほどから痛すぎて腕を組んだりして紛らわしていたのだが遂に限界が来た。結果としてそれが裏目に出たが。
「一人近くにいる医者に心当たりがある。直ぐに呼ぼう」
「はい、至急オネガイシマス……」
全治1ヶ月、なんとも笑えない結果となった。

慈悲深く慈愛あつき神の御名において
私は沙紀と申す者である。今は従兄弟の世話をしているスーパーマルチリンガル少女である。
私は半ば仕事に連れられていくようにしてここ中東に連れて来られた。
給料ももらえるし、特に不自由していないし文句は何もない。ただこの街はあまりにドローンがうるさすぎる。
行くところ、為すところドローンだらけである。この街の人々は労働の喜びを忘れてしまったのだろうか。
かく言う私もどちらかと言えばだらけてる人なので、面と向かって文句などは垂れられない。垂れてはいけない。
私を連れてきた従兄弟はいま、風邪なのか吸収熱なのか体調を崩して寝込んでいる。どうやら色々な事情があって大学のドローンに襲われ、腕を折ったらしい。
私は外で教授さんと従兄弟の問答を聴いていたけれど、何と言うか男の子はたいていああいう探偵ごっこが好きである。私は途中から恥ずかしくてとてもじゃないけど聴いていられなかった。

街の説明をしましょうか。
ともかくこの街、というか都市は広すぎます。
大学だけで何kmあるんですかこれ。一応空港によくあるオートウォークとかで楽は出来ますけど、結構歩きますよね、これ!
どっちにしろ私達は中央付近の講堂と南のⅡ8しか出入りさせてもらえません。教授が言うには「種子島君が帰ってきたらもう少し奥まで覗けるようにタグが更新されているはずだよ」だそうです。よくわからないですけど、大学に認められたということなのでしょうか。
ともかくこの街は広いです。縦横に整理された京都のような街ですが、少し違うのはそれぞれの通りに名前があること。
これは外国では当たり前ですが、この街初心者の私はうまく認識できません。交差点の辺りとかもうわけわかめです!
はぁ……
この街といえば広さの割に小売店が少ないように感じます。やはりドローンが発達しているからそもそも必要ないんでしょうか? 自國の50mあるけばコンビニで何でも取引できる環境が懐かしいです。そうなんですよ、専門店は現代では一部の有力なモノ以外壊滅して何でも出来る小売店が発達しているんですよ、自國ではですね!
不便じゃないですか? というかドローンってどこで売っているんですか? あれって支給品なんでしょうか?
「ともかくですね、サハルちゃん。ドローンなんて弄ってないで私の話を!」
「沙紀ちゃん。もういいよ、熱弁は……」

サハルちゃんとはもともと大学の知り合いだったがこの一件をきっかけに仲良くなった。本当なら菓子折りでも持っていかなくてはいけないのだろうけど、まあ、いっか。
「そうですか。ちなみにそのドローンはどこで手に入れたんですか?」
「支給品ですが」
「はぁ……でもよくカスタマイズされているように感じます。ホラ、動きが鋭敏な気が」
ドローンが彼女の手から離れると空に浮き始めます。縦横に移動すると少しだけ他のドローンより動きが素早いです。
流石街を半壊できるEMP爆弾を持った人!
「でもやっぱり何かが足りない気がするんですよね、このドローン。もっと芸術性というか機能性というか」
「向上心があって羨ましいです。あ、すみません。うちの従兄弟が目覚めたみたいで食べ物くれ~って」
種子島義時と書かれたポップが出て、その下に嗚咽のようなメッセ―ジが表示される。
「彼、大丈夫なのでしょうか?」
「多分大丈夫だと思いますよ。あと、一週間もすれば腕も治るらしいですし」 「そうですか」
「では、お先に帰ります。また従兄弟をよろしくお願いします」
ぺこりと一礼する。
「気をつけて」
見送らなくてもいいからと言ったのに彼女は最後までこちらに手を振ってくれました。かなりいい人です。少し思想が傾いているのを除けばただのいい人なんだけどなぁ……